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開拓者精神の裏にある不安を克服する方法

この記事はPioneer Advent Calendar 2022の25日目の記事です。

いよいよ今年ラストのPioneer Advent Calendarとなりました。
周囲とは違う何かを始めようとしたとき、誰しも一度は「このまま進んで大丈夫か」と不安な気持ちに苛まれることがあるのではないでしょうか。
今回は、そんな未踏の地を開拓していく上で遭遇する不安に打ち勝つ方法を、私の実体験を交えながらご紹介します。

自己紹介

この記事が私のパイオニアでのnote初投稿となります。

SaaS Technology Center(以下、STC)Piomatixコアテクノロジー統括グループ LBS開発部(※)所属の木下 瑛裕です。
※LBSとは、Location-Based-Serviceの略で、ナビゲーションを基礎技術とし、その上で位置情報サービスを展開する技術や事業のことを指します。

私がパイオニアに入社したのは2017年、昨年の8月に新設されたSTCがまだ影も形もなかった頃です
前職ではWebエンジニアとAndroidエンジニアを経験し、パイオニアにキャリア入社してからは

  • のちにPioneer Smart Sync(パイオニア スマート シンク)となるカーオーディオ製品開発

  • のちにNP1となる製品の初期PoC開発〜上市までプロダクトオーナー

に従事した後、現在は次世代スマートフォンアプリの企画・開発に携わっています。

Pioneer Smart Syncについてはこちらの記事で書いているので、よかったらご覧ください。

開拓者(探検家)の苦楽

大航海時代の開拓者(探検家)に、フェルディナンド・マゼランという人物がいます。マゼランとその一行は、人類史上初めて世界一周を成し遂げました。(マゼラン自身は、旅の途中で落命していますが)
当時の世界地図には、未発見な地域が数多くありました。
大西洋の西側に大陸(アメリカ大陸)があることはコロンブスによって発見されていましたが、さらにその西側に大海(太平洋)があることは知られていませんでした。

私がこの冒険譚で特に印象的なのが、マゼラン海峡を抜けた後、ひたすら太平洋を西へ進む航路のシーンです。地球が丸いことは今でこそ自明ですが、海の果てには奈落があると信じていた人々にとって、相当の不安だっただろうと想像してしまいます。

今回は、この冒険譚になぞらえて話を進めてみようと思います。

未踏の地=とある川越の電機メーカー

川越事業所で撮った風景

2017年パイオニアに入社した当時の私にとって、IT企業が集中していた渋谷のWeb企業から川越に事業所がある電機メーカーに職場を移すことは、まさに未踏の地(新大陸)への冒険であり、開拓者精神そのものでした。(当時まだ稀でしたが、最近はよく聞くようになりましたよね)

周りの同僚は皆、競合他社や、スタートアップなど、比較的文化圏の近いところへ転職していたのに対し、私は周りとは違うキャリアを築いて差別化したい!大好きな日本の電機メーカーを復活させたい!そんな思いを抱きながら、転職活動をしていました。

そんな中で、パイオニアを選んだのは、AR HUD(ヘッドアップディスプレイ)など他社にはない独創的な製品を世に送り出していたこと、そして、自分の大好きなオーディオと車の両方を跨ぐ事業をもっていたからでした。

パイオニアを選んだ当時の細かい経緯については下記、個人ブログにまとめていますので、よかったらご覧ください。

転職エージェントを介しキャリア入社したこともあり、当然知り合いはゼロ、周囲を見回しても、自分と同じようなWeb業界からシフトチェンジしたという事例は皆無でした。

とは言え、散々悩んだ末に決めたキャリアでしたし、何よりガジェット欲を満たせる環境が楽しく、メーカーLifeを満喫していました

基板剥き出しのプロトタイプと最初に携わった1DINカーオーディオ製品

プライベートでも深圳視察やMaker Faireに足を運びました

今後のキャリアへの不安

しかし、キャリア的に順風満帆だったかと言うと、不安もありました。
何より、コードを書かなく(書けなく)なったのが一番つらい時期でした。

前職のころは、自分でコードを書いて、CircleCIでテストを回し、デプロイしたらユーザーの行動分析をして、それを踏まえてまたコードを書いて…というアジャイルなサイクルを当たり前のように回していたのに対し、入社当時はアプリ開発でもウォーターフォール開発でした。開発ベンダーとの契約上、コードベースに私自身が変更を加えることも許されませんでした。
当時はコードを書かないこと=キャリアの死とさえ感じていました。

前述のマゼラン船団の冒険譚では、途中で本国(=元いたWeb業界)に戻ってしまう船や、船の難破、先住民との闘争で落命してしまう船員に、当時の自分を重ねていました。

なぜこの旅(転職)をはじめたのか

下船(転職)が頭をよぎることは何度かありました。
でも転職しても同じことを繰り返すんじゃないか?とも思いました。
自分はなぜパイオニアに転職したのだろう、と見つめ直したとき、ふと思い出しました。

新卒研修向けに話したときのスライドの抜粋

これがパイオニアに転職した原点でした。

自分を見つめ直す道具(旅のお供)として以下も有効でした。

・ 航海日誌(記録)を付ける

新卒の頃から、日々の業務記録とともに、気持ちが上がったこと、下がったことを手元のメモ帳にメモ書き程度に残す習慣がありました。自身の心理状態を冷静に分析するための相対指標として、地味ですが効いてきます。

・ たまには故郷(Web業界)の仲間たちと文通(会話)する

これも結構大事だと思っていて、記録を見ながら自問自答するだけでは見つからない答えもあります。

社内だけでなく、社外の気の合う仲間とコミュニケーションを取ることで、時に叱られ、時に鼓舞されながら、乗り越えられた壁もありました。他者(他社)の視点も借りながら自分を見つめ直すことで、ハッとする瞬間が何度となくありました。

トライ&エラーの数々

原点に立ち返ってからは、トライ&エラーの連続でした。一部ですが、紹介します。

先人たちの言語・文化に溶け込む

パイオニアは歴史が長く、組織としても大きい会社ということもあり、入社当初は独特な言葉遣いに、カルチャーギャップを感じていました。
しかし、話していくうちに「◯◯は××のように言い換えると通じるな」とか、カルチャーギャップはあっても、実は根っこでは分かり合える部分があるな、と気づきました

最初に携わった市販製品の開発では、スマートフォンアプリ開発ベンダーや、中国の組込開発部隊とのコミュニケーション機会が多くありました。仕様説明の機会では、言葉だけでは伝わらないこともある(母国語が違うこともある)と考え、メールのやり取りでも、PowerPointやOneNoteなどを使った文書作成でも、極力図解することを意識して、業務の円滑化を図りました。

持ち込んだ文化を先人たちにも布教して面白がってもらえたのも、共通理解を深めるきっかけになりました。

前述のマゼラン船団の冒険譚を見ていると、先住民と衝突することもあれば、交流を深める場面も出てきます。同じような心持ちだったのかもしれません。

予算ゼロでもやれることはある

予算の都合上、有用性を何度説明してもDeployGate導入ができずに悩んだ時期もありました。本開発でツール導入を模索すると、往々にして立ちはだかる壁です。

ならばと思い、所属部門長の助けを借り、サイドプロジェクトを企画・立ち上げることにしました。本業務を効率化し80%の時間で終わらせ、残りの20%の業務時間(+業務時間外)を使って、次期商品企画を開発者たちで考え、Androidアプリ開発メンバーを数チーム結成しました。

OSSを取り入れたり、フリープランのDeployGateを使って社内にアプリ配布したり、BitBucketのフリープランを使ってプライベートリポジトリ上でPull-Requestベースの開発をしたり。

アジャイル開発も本業務では導入が難しかったですが、このサイドプロジェクトで導入して有用性を立証しました。

技術企画という新しいキャリアに気づく

これらのサイドプロジェクトの実りもあって(?)本業務でもプロダクトオーナーとして、次世代市販製品のPoC開発を同様の手法でやらせてもらいました。

サイドプロジェクトを推進していた当時の上長がよく「技術者と企画者をつなぐ、”技術企画者”になろう」と呼びかけていたのですが、自分の探していたキャリアはこれかもしれない、と思いました。

私の所属部門では今後、このような技術企画のできる人財を増やしていきたい狙いもあるようです。呼び方は違えどProduct Managerの職能もこれに近しいかもしれません。技術と企画の架け橋となれるキャリアをこれからも磨いていきたいです。

途中寄港地で仲間も増えた

気づけば入社して6年弱の年月が経ちました。
入社した頃は知り合いゼロだった自分も、今では社内に気の合う仲間ができました。
社内のサイドプロジェクトも、今はテーマを変え、Flutterで音楽系アプリを作っています。

途中寄港地で新しい仲間(STCという新組織発足と、それに続く異業種からの転職組)を迎えることもできました。
STCではこの春から2週間に一度のペースで100名規模のLT(Lightning Talk)会を運営してきました。
LT会運営での取り組みは、また追って、noteで発信できればと思います!

最後に

ここまでの話をまとめると

  • 自分が未踏の地を志した原点を振り返ること

  • 日々記録をつけ、振り返ること

  • たまには気の合う仲間に相談すること

  • 未踏の地の言語、文化に溶け込むこと

  • 限られたリソースを使って自らの武器を磨くこと

これらが不安に打ち勝つ上で私なりの処世術だったように思います。

今回はAdvent Calendarということで(?)クリスマスに読めるちょっと物語チックな話にしてしまいましたが、もう少し踏み込んだ話題も聞いてみたい!という方がいたら、ぜひMeetyでお声がけください。
ガジェット好きの方、大歓迎です!

キャリアの8割は予想しない偶発性によって決定されると言いますが、一方で「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と説いた先人もいます。

これから新しい一歩を踏み出そうとしている誰かに届き、たとえ道に迷うことがあっても、星に聞くことで新しい道を開拓するナビゲーションとして、この記事が活きればいいな、と願います。

最後に、先人たちから勇気をもらえる言葉をご紹介しつつ、記事を締めくくりたいと思います。

結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。
決してあきらめない姿勢が何かを生み出すきっかけをつくる。

イチロー

Control your own destiny or someone else will.
(自らの運命をコントロールせよ。 さもなければ、他人にされることになるだろう。 )

Jack Welch

Many of life’s failures are people who did not realize how close they were to success when they gave up.
(人生に失敗した人の多くは、諦めたときに自分がどれほど成功に近づいていたか気づかなかった人たちだ。)

Tomas Edison

ここまでPioneer Advent Calendarをお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、パイオニアの変革にご期待ください!


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